ブック・イン・アクション――知ることは愛すること|社会学者 石岡丈昇さん
*『エスノグラフィ入門』(ちくま新書、2024年)
本プロジェクトを立ち上げるにあたって、理論的支柱となる「聞く技法」をいちから手ほどきしてくださったのが、社会学者の石岡丈昇さんです。本書は、そのエッセンスが詰まった名著であり、私たちメンバーがインタビューをおこなうときの指針となっています。

出版フィールドワークプロジェクトに伴走します
日本大学で社会学を教えている石岡丈昇と申します。
出版フィールドワーク。耳慣れないプロジェクトかもしれませんが、いろいろな版元で編集や営業をされている方々が、本づくりに関わる同業者がおこなっていること、あるいはその道の先人がおこなってきたことを記録するというプロジェクトです。
私は社会学でもフィールドワークと言って、遠く離れた世界に生きる人びとを訪ねて、そこでの生や生活を記録するという仕事をおこなっています。そうしたフィールドワーク(なかでも聞き取り)の実践を、出版業界に生きる人びと自身が同業者や先人に向けておこなうというのは、とても魅力的に思い、私もプロジェクトに関わらせてもらうことになりました。
私はこれまで数回ですが、学術書を書くことがありました。そのとき思ったのが、学術書の著者は本が書物としてできあがる過程をあまり知らないということです。編集者とはやりとりをするのですが、その先のことはわからない。
編集者と話すのは、主に本の中身の部分です。「ここの表現がわかりづらい」とか、「ここはもっと詳しく説明したほうがいい」といったやりとりです。Wordで書いた原稿を送ったら編集者がゲラにしたものを戻してくれる。それを私がチェックをして、著書を刊行する。著者は、編集者としか関わらないかたちで書物ができあがっていく。でも実際には、営業の方、校正担当の方、書店員さんに装丁デザイナー、印刷屋さんなど、いろいろな人が一冊の本ができる過程に関わっています。
私は2023年に『タイミングの社会学――ディテールを書くエスノグラフィー』という書物を青土社から刊行したのですが、その関係で青土社の営業担当の榎本周平さん、担当編集者だった村上瑠梨子さんと一緒に、いろんな本屋さんに行ったり、イベントを実施したりしました。そのなかで「あぁ、榎本さんや村上さんって、こういうふうに仕事しているのか」とか、こういうかたちで本屋さんをはじめとした業界が回っているのかとか、書物が書き手から読者の手にまで届く、非常に長いものづくりの過程があることを知りました。
著者目線からすればWordで書けば、それが本になります。でも、本づくりのプロの方から見ると、何をふざけたことを言っているのかと思われるはずです。書物というメディアができあがっていく過程を、私はあまりにも知らないということを感じました。
私の場合は、著者として編集者の存在は見えているのですが、その奥にある営業だったり、印刷だったり、装幀というのは、ひとつの書物を作るという過程においては繋がっているにもかかわらず、見えづらくなっています。繋がっているのに見えない。この見えづらい過程を見えるようにすることは、とても興味深いことだと思います。そして出版フィールドワークプロジェクトがおこなうのは、まさにこの全体を見えるようにすることです。
分業制というのは近代社会のひとつの特徴ですが、それは全体を見えなくさせてしまいます。私は分業について大学で講義をすることはあっても、同じプロセスが自分の書物を生み出す過程においてもあてはまることを、恥ずかしながら自覚しておりませんでした。
本が売れない時代だと言われます。売れる書物をいかにつくるか。それは重要な問いであることは間違いないのですが、同時にそもそも書物はどうつくられているのかという問いも同じくらい重要なものだと思います。
私たちは知らないものを愛すことはできません。たとえば、靴を買っても、履き潰して終わる。でも同じ靴が、いかなる靴職人によってつくられているのか。そこにはどんなこだわりがあって、またそれが出荷され販売されるまでには靴業界のいかなる仲間たちとのつながりがあるのかを知るならば、私たちはその靴に愛着を感じるかもしれません。知ることは愛することのはじまりだからです。
出版フィールドワークプロジェクトを通じて、書物がつくられる過程を知ることは、私にとって書物をより愛することを可能にするいとなみです。ぜひ本プロジェクトに注目いただき、書物ができあがる過程をつぶさにご覧いただければと思います。
[著者]石岡丈昇(いしおか・とものり)
1977年岡山市生まれ。専門は社会学/身体文化論。筑波大学大学院人間総合科学研究科博士課程単位取得退学。博士(学術)。北海道大学大学院教育学研究院准教授を経て、現在日本大学文理学部社会学科教授。単著に『ローカルボクサーと貧困世界——マニラのボクシングジムにみる身体文化』(世界思想社、第12回日本社会学会奨励賞)、『タイミングの社会学――ディテールを書くエスノグラフィー』(青土社、紀伊國屋じんぶん大賞2023 第2位)、『エスノグラフィ入門』(ちくま新書、新書大賞2025入選) がある。共著に、『スポーツで社会学する』(編者、有斐閣)、『質的社会調査の方法――他者の合理性の理解社会学』(岸政彦・丸山里美と共著、有斐閣)、『生活史論集』(岸政彦編、ナカニシヤ出版)、 『沖縄社会論――周縁と暴力』(打越正行著、上原健太郎、上間陽子、岸政彦と共に解説、筑摩書房) などがある。出版フィールドワークプロジェクト顧問。
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